1、やさしい平等主義者の残酷


近藤局長は、新入隊士の歓迎会みたいなものだと言った。
だから気楽にやれとも言った。確かに言った。
だがどうにもそんな感じに見えないのはの勘違いではないだろう。
そもそもに無理があるのだ。
仮にもここは荒くれ者揃いと巷で噂される真撰組。 いくら遊びみたいなものだからと言っても、剣の試合をやれば「気楽に」で済むはずがない。
始めは誰しも余裕があったものの結局は真剣勝負だ(木刀だが)。

4グループに分けた総当り戦で、今のところは二勝一敗。
最初の一敗はお互い勝ちを譲り合った結果だがその後の一勝は実力でもぎ取った。つまりも真剣。
真撰組初の、唯一の(そしておそらくは最後の)女性隊士としてはまずますの結果ではないかと思う。
だが次は…

「土方十四朗、

局長が大声で名前を呼んだ。
は口元に微笑みを貼りつけ、試合場所に立った。
隣でははそれぞれ奥で剣を交えている。 土方は、ほんの少し面倒くさそうな表情で腰を上げ、中央に立った。 かすかには気圧されたのかもしれない。遠くで見たときよりも身長が高いと思った。
均整の取れた体格には隙がなく、腕前を感じさせる。それだけではなく、身体全体からにじみ出る、自信のようなものが威圧感となって空気に漂っていた。
いやそれは、気圧されたとは少し違う。むしろ、強い相手に立ち向かう高揚感。どう攻略しようかと、むしろ勝負を楽しむ余裕さえあった。だから優は濁りもなく微笑むのだ。

「よろしくお願いします」

は十分に愛想よく挨拶をしたつもりだった。だが土方は依然として憮然とした表情。

「防具、やっぱりつける気はないのか」

一瞬だけの表情が強張った。だがすぐに元に戻る。

「お前がつけるなら俺も、つけてやってもいい」

さらに重ねて言った。

土方は、大会開催前にも一度優にそう打診した。そしては、何の迷いもなく提案を拒否した。どうやら、土方はこだわっているらしい。

「副長、ありがとうございます。
 でもこのままやらせてください」

にも譲れない部分があった。その一つがここにある。
だから、その提案が優しさからであれ温情からであれ拒否するしか選択肢はない。

優しい人なのだろうと思う。女性には。
気を使ってくれているのは痛いくらいに良く分かる。
だが、だからこそ。は躍起にならざるを得ない。

闘志を隠さずにはまっすぐ土方を見据えた。

「はじめっ」

鋭く告げられた合図と同時、は前へ踏み込む。土方はあからさまに引け腰で、防戦一方だった。はひたすら攻撃を繰り出す。その気がないのなら、そうせざるを得ない状況を作り出すという目算がにはあった。
緩急つけた打ち込みで、リズムを作り上げる。そしてそれを自分から壊すようにランダムな攻撃を交えて。だがこのまま続けても相手が持ち崩すのは期待できない。
さてこれからどう攻めようか。が冷静に見積もりを始めたその時

「死ねー土方!」

常識外れな一声が外野から響いた。汚い野次である。

「総悟、テメ、後で覚えとけよ」

苦々しく土方が吐き捨て、その瞬間隙ができた。
は見逃さない。戦いの最中によそへ気を移すほうが悪いのだ。
一気に間合いを詰めて数歩で追い詰める。

「っ…」

だがあと一撃というところでは体勢を崩した。
その瞬間には、何が起きたのか把握し切れなかった。
数拍遅れで足払いをかけられたと知覚する。
つまり反則。剣道の作法にのっとれば完全に失格ものである

「っ悪ィ」

土方は咄嗟に動きを止めて謝った。
反射的に、習慣で出てしまった悪い癖をその瞬間は悔やんだ。

だが次の瞬間、はバランスを崩しながらも渾身の力で木刀をメチャクチャに振り回してきた。
咄嗟のことに避けきれず、土方は一撃を腹部に受ける。
斬新な痛みに目がくらんだ。

その間に体勢を立て直したは、剣道の作法など無視して、土方に飛び掛る。
二人はもつれあうようにして道場の床に倒れこんだ。
最初下になった土方も、体格の差を利用してすぐに優勢を取り戻す。
やられっぱなしだった仕返しをするようにプロレス技で押さえ込み。


そして、二人して冷静に戻った。



いつのまにか辺りは静まり返っている。

「悪かった。ケガは」

傍らに立った土方は苦虫を噛み潰したような表情で訊ねた。
は苦笑いで首を横に振る。
お互いに、それぞれがむきになったことを羞じた。 土方は既に半ば平静を取り戻し、に手を差し伸べる。はその手をとった。少し、いや相当癪だったが、まだ根に持っていると思われるよりはましだった。

「大丈夫です。本当にすいません」

そしてはひたすらに謝る。

「いや、悪いのは俺だ。ついクセで」

だが副長も自分の非を主張する。

「いえ、ですから私が…」

やがて近藤局長がやってきて、謝りあっている私たちの間に割って入った。

「今のはどう考えてもトシが悪い。ケガはないか、君」

「大丈夫です。でも、あの…」

局長はおおらかに笑う。

の勝ちだ。文句ないだろ、トシ」

「ああ」

は局長の決定に何も言えず、結局三勝一敗となった。何というか、少し気まずい。






次の日、新隊士はそれぞれ配属先を言い渡された。局長室に集められ、一枚の紙を手渡される。

 配属先:監察』

…幸か不幸か、昨日掴みかかってしまった土方副長の下で働けることになりそうだ。




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