5、全ては徒夢の如きに脆く



「…副長」

「… か」

「分かってると思いますけど、要求呑むなんて言わないでくださいね。両方失うのが関の山ですよ」

私は早口で全部言い遂げた。男はさっと電話を私から離す。

「けなげな人質だなぁ。で、」

『要求はのめない』

副長の声だった。

その声は毅然としていて、今副長がどんな表情をしているか目に浮かぶようだった。きっと、全てを内に秘めて、ただ無表情という表情をしているのだ。
ああやっぱりと、そんな気がした。
私は正直ほっとしたのだ。

「じゃあ人質には死んでもらう事になる」

男は苛立ったように言った。

『待て、分かった。言うとおりにする』

向こうで、不意に局長が叫んだ。

『近藤さんっ』

「局長っ」

副長と私の声が電話越しに重なった。

「何言って…」

『トシ、お前だって分かってるんだろ。俺たちには見捨てる事はできない』  ……要求をのむ。だから殺さないでくれ』

私は嬉しかった。
近藤局長はそういう人だ。
ほんとうに、ものすごく、どうしようもないくらいにお人よしで、情にあつくて、懐が大きい。そんなひとが局長だからこそ土方副長が必要で、だから当然止めに入ると予想していた。
だってもしもそんな要求を呑んでしまったら、真撰組の名折れどころか決定的な不祥事として組は解体すらされるかもしれないのだ。今の真撰組はそんな状況だ。私だってそれくらい良く知っている。だが

「三十分後、詳しい方法を指示する」

男は電話を切った。土方副長は何も言わなかった。



男は私をちらりとも見ず部屋を出て行く。吉報に喜びを隠せない様子でもあった。

そして事態は私が一番に恐れていた方向へと進みつつあった。
私が最も避けたいと思っていたこと、それは死ぬ事ではない。
彼等に、真撰組に迷惑がかかることだ。


どうしよう。どうすればいい。いや、どうしようもない。
腕は縛られている。武器もない。
でも逃げなければ。 私はいつになくあせっていた。冷静にならなければと思う。
そう、冷静に、冷静に。
深呼吸しながら、改めて自分の周りを見渡した。
ドア…外から鍵がかかっている。壊せそうにはない。壊せたとしてもすぐに人が駆けつけてくるだろう。同様に壁を壊すというのも無理だ。窓は。窓、開くかもしれない。鍵はかかっているが内側からだ。いける。
どうしようもなく気がはやった。

手と口を駆使して窓のロックを外す。
下をのぞくと植え込みだった。いけるかもしれない。ツイている。だがここは三階だということはつれてこられた時に知っている。ケガをするかもしれない。そうしたら逃げられなくなる。というか怖い。
でも他に思いつく方法はなかった。
そして飛び降りる覚悟を固めたその時
ドアが開いた。

「人質が逃げるぞっ!」

スキンヘッドが拳銃を取り出すしたのが見えた。
私は覚悟も準備もないままに飛んだ。




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