6、カーテンコールは死の後で 私は走った。追っ手の姿はまだ見えない。 だがまだ安心はできず、油断なく辺りを見回す。 人通りはあまりないがこの辺りは住宅街のようだった。見覚えはない場所だ。 とりあえず連絡をつけるため、電話を貸してくれそうな手頃な店を探す。未だ追っ手の姿はなく、私は少し安心しかけた、その時。 後ろから追い抜いてきた黒い車が急ブレーキをかけ私の進路をふさいだ。少し油断していた私は一瞬だけ硬直し、それから私は回れ右をして走り出す。 「早瀬っ!」 「え?」 聞こえてきたのは副長の声だった。私は驚いて車を振り返る。 「どうしてこんなところに」 助手席の窓からは土方副長が顔を出していた。 「いいから乗れ」 運転席には見覚えのある顔の隊士もいる。 とりあえず後ろに乗り込むと、車は急発進した。 「ちょっと説明していただけますか」 「…無事そうで良かった。三階から飛び降りるなんて思いもしなかった」 「ですよね。俺らマジびっくりしましたもん。しかも無傷だし」 運転席の隊士も同意する。ちょっとほっといてくれと思った。 というか状況が未だに理解できない。 「つまり、俺たちはとっくに奴等のアジトを突き止めてはってたんですよ、近くに捜査本部も構えて。だからあの電話受けたのもそこです。そんで討ち入りの機会を狙ってたんです。でも早瀬さん自力で脱出してきちゃうから。仕方ないから車でおっかけたってわけです」 説明したのは運転席の隊士で、 「まあ何にせよ無事でよかった」 副長がすっきりとまとめてくれた。 「とりあえず、早瀬さんも無事なようなので捜査本部に戻りますね。今頃もう討ち入り、始まってますから。てゆかもう着くんですけど」 私が閉じ込められていた建物から少し離れた場所に車は止まった。そこはもう真追って撰組の制服でいっぱいだ。運転していた隊士は飛び出すようにかけていく。私も車をおりようとした。だが 「早瀬」 名前を呼ばれて動きを止める。 「…はい」 何だか空気が重いなと思った。軽はずみに言葉を口にするのはためらわれるような、そんな。そして 「悪かった」 ぽつりと副長は言った。私はあと少しで聞き返してしまうところだった。 それは余りにもちっぽけな言葉で、車内の沈黙に吸い込まれて消えてしまった。 「…お前を裏切っただけでなく、気持ちまで汲んでやれなかった」 遠くに語りかけるような、いつになく静かな物言いをした。 この人は謝っているのだ。 それが分かると何故だか、そう、自分でも良く分からないのだけれども怒りがふつふつと湧いてきた。腹の辺りがムカムカする。たまらないほどにイライラした。 いや、分からないなんて嘘だ。本当はちゃんと分かっている。それは自分が認めたくないだけで、つまり理不尽だと思われる怒りだった。 理不尽と理解しているだけに直接ぶつけるのはためらわれる、だがこみあげてくるものはどうしようもなかった。だがせめてできるだけ態度には出さないようにと、そう心に念じる。 「副長、何について謝ってるんですか。『要求はのまない』っていったことについてでしたら副長は正しいことをしたと思ってますよ。あれは、もし私が副長だったとしてもそう言ってます。」 「でも俺はお前を見捨てようと…」 副長はまだグズグズと言ってこようとした。 私は、やめて、と切実に願った。 そんなこと言わないで欲しい。謝ったりなんてして欲しくない。 副長には、自分の選択は間違ってないと堂々としていて欲しい。 そうしないと私は耐えられない 「ああもう腹立ってきた。怒っていいですか。助けられといて私がこう言うのも変ですが、言わせてもらいますよ。言っちゃいます。副長、あそこは副長が止めるべき所だったんじゃないですか、ねぇ?副長が守らなければいけないのは、近藤局長で、真撰組でしょう。一隊士の命じゃないです。局長はああいう人でどうしようもなく情に厚くていい人優しくて、もちろん感謝はしてますけど、だから、土方副長、あなたが…あなたが……」 自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。まだ、誘拐されて動揺がのこっているのかもしれない。何だかわからないうちに目から液体が出てきて、どうしても止まらなくなった。 「早瀬…泣いてるのか……」 「泣いてなんていませんよっ…何言ってるんですか。こんなことじゃ泣きません……泣いてなんて…」 副長が振り返ったのが気配で分かった。私はひたすらにうつむいて耐えようとした。 「…お前の言うとおりだ。あれは俺が、何が何でも止めるべき所だった。…悪かった、そうだ。全部俺が悪い」 副長は、ほんの少し苦しげにでも穏やかに言葉を紡ぎ、そして私を抱いてくれた。幾度も幾度も頭を撫ぜて、まるで子供をあやすようにと そんなふうにされたら、涙が止まるはずなんてなくて。 私は初めて、こんな、縋りつくように泣いてしまった。 next |