7、三月男は気まぐれをうたう





あの言葉が頭から離れない。

「副長が守らなければいけないのは、近藤局長で、真撰組でしょう。
 一隊士の命じゃないです。」

この胸の中で泣きながら語られた言葉は、自分よりよっぽど強かった。自分が見捨てられた後でも、そう言ったのだから。同時に自分の弱さを見透かされたと思った。は全部分かっていた。迷いを、揺れを。そして失う事を恐れる気持ちも。
でも、もはや逃げは許されない。そんな無様なまねはできるはずがない。
そこにあるのは重圧感、強い責任感、そしてほんの少しの安堵に似た何かだった。



「ちょっと聞いてるの?」

とげのある声が土方を現実へ引き戻した。

「ああ悪い、何だって」

安い香水の匂いが鼻に付く。安っぽいこの朝にはぴったりだと思った。

「いい加減にしてよ、バカにしてるの?だいたいいつもいつも…」

携帯電話が鳴った。土方のものだ。サイドテーブルから取り上げると、相手を確認もせず通話ボタンを押す。

『休みの日にスイマセン。今いいですか?』

監察のだ。

女をチラと見ると、これ以上ないくらいの憎憎しげな目で睨んでいた。

「ああ」

『松平長官がいきなり来たんですけど近藤さんもちょっと外に出てて』

「すぐ屯所に戻る」

背後でカシャンと何かが砕ける音がした。

女がグラスを床に叩きつけた音だと分かった。

「今から出て行くっていうのね。いっつも仕事仕事って、私と仕事、どっちが大切なの?」

「オイ」

「答えてよ。さもないと…出てって」

女はガラスが震えるほどに叫んだ。

「……もうこない。邪魔したな」

財布からホテルの支払い分を抜いてテーブルへ置く。
最後に見た顔は、今にも泣きだしそうだった。





握っていた携帯はいつのまにか切れていた。
が気を利かせて切ったのだろう。
全く自分は何をやっているのだろうか。
思わず自嘲的な笑みが洩れた。
だが何故か、奇妙なくらいすがすがしい。





「えっと…大丈夫でしたか」

「大丈夫って何が…ああ、長官か。まあ別に、主に娘について愚痴りにきただけというか…」

「いえそうじゃなく…朝の。その大変申し訳なく…」

「ああ、あれか。あれは別にどうでもいい」

「……ならいいのですが。てゆかいつか刺されますよ」

「かもな」










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