8、喪失世界と影の関係



私に仕事の殆どを教えたのは山崎先輩だ。潜入捜査の基本からそれこそ化粧の仕方まで。二十歳になるまではしないでおこうと決めていた化粧も、今はそんなことは言っていられなかった。潜入捜査は本当に命がけで、まともな仕事をするためには私も真剣でなければいけない。
山崎さんはそこらの女性より化粧も上手で、立ち居振る舞いだけなら本当に上手く化ける。正直、化粧に詳しい男ってどうなのなんて思ったりもしたが、それを口に出すほど失礼な人間でもないつもりだ。
優秀なのだ。真撰組の頭脳とも呼ばれる土方副長を支えている。それなのにおごる事もなく、感じよく私に一から教えてくれた。
私も、もっともっと。仕事ができるようになりたい。
それこそ山崎先輩のように。



「失礼します」

「ああ」

返事を待って副長室へ入ると副長は机で書類書きをしていた。
その隣で、何故か山崎先輩も。

「副長ーマジ勘弁してくださいって。オレこの後まだ仕事入ってるんっスよ」

半泣きだった。どうやら書類作成を手伝わされているらしい。

「ざけんな。コレ終わらせてからにしろ」

「って別にオレの仕事じゃないっスけど…」

「知ったことか」

「……オニ副長」

「何か言ったかコノヤロー」

激しい言葉の応酬だったが二人とも手は止めない。
というか山崎先輩、副長相手に結構言う。

「…あの、この間の報告書上がりました」

とても口をはさみづらかったが、私は持ってきた書類を差し出した。

「ああ、そっちの山崎のところに置いといてくれ」

「そんなあー」

邪魔をしちゃいけないと思い、そそくさと部屋を出て行こうとする。

「ああ山崎。お前の代わり、書類仕事ができるやつ連れてきたら行ってもいいぞ。まあそんなヤツいればだけどな」

土方副長の台詞は悪役のそれだった。思わずクスりと笑ってしまう。

「その言葉、忘れないでくださいね。待って、さん」

「え?」

突然声をかけられ、大げさな声を上げてしまう。

「あ、はい」

振り返ると、副長が一度顔をあげて怪訝な顔でこちらを見た。

「この後何かありますか?」

「あ、いえ。とりあえず一つ片が付いたので」

「良かった。代わってもらえませんか?このあと夜の仕事なんです」

夜の仕事…潜入捜査だ。ちょっと面白い言い方だと思った。

「え、でも…」

「オイ山崎。コイツにデスクワークができるのか」

「コレ、見てください」

山崎先輩は、さっき私が出した書類を副長の目の前に突きつける。

「ね、完璧でしょう。彼女物覚えもいいし、ちょっと教えればすぐできるようになりますよ」

何というか、褒められてしまった。たとえ書類から逃げたいだけだったとしてもちょっと嬉しい。

「…分かった。、いいか」

「は、はい」





「うわぁこれはちょっと…」

私があげた声に、副長はちらと手元を覗き込んだ。

「沖田の野郎だ…ったく何回言ったってまともなモン書きやしねェ」

「書き直しますね」

「ああそうしてくれ」

書き直すというか、沖田さんの報告書を元にした新しい紙に一から草稿を起こすことになるだろう。まったく、ここ真撰組のおもに書類に関するシステムは滅茶苦茶だ。そもそもまともに書けているものが余りにも少なすぎる。提出期限は守られないし大体何で会計方に回るはずの領収書類がこちらに回ってきてしまっているのか。

「っていうかキャバクラ代って経費で落ちるんですか」

「落ちるわけねェだろ」

「ですよね。これまとめて会計回しますね」

「ああ」

そんなこんなで、真撰組の主に書類に関する問題点を何重にもオブラートに包み述べると

「まともな見解をもってるやつがいて助かるよ」

げっそりと土方副長は仰った。



たまに書類の手伝いをすると、お茶と時々いいお菓子が出るようになった。しかも土方副長はお菓子を私に譲ってくれる。
ちょっと嬉しいそんなひと時






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