9、花にとける世界の破片



真夜中になった。屯所の裏木戸をくぐり、足音を忍ばせて自室へ向かう。
私にあてがわれた部屋は、こういった場合少し不便である。
というのも、真撰組には気配に敏感な人物が多い。だから私が下手に廊下を通ると、いくら気配を殺しているつもりでも眠っている人間を起こしてしまうことが多々あるのだ。そういった理由で私は、仕事で遅くなると庭を通って縁側から自室に入ることにしている。
庭石を踏んで、ジャリっとした感触が靴越しに伝わる。ふと夜空を見上げた。今夜は満月だ。
まさに月見日和とでもいうべきか。相手がいさえすれば、一杯やるのにと思った。丁度その時
心臓が止まると思った。ふと横を見ると、縁側の丁度副長の部屋の前に土方副長が座っていたのだから。

「お疲れ」

副長はそう言った。よく見ると、片手には例の『鬼嫁』を抱え込んでいる。月見酒と決め込むとはなかなか風流な人だ。…酒弱いけど。

「ただいま帰りました」

「オイ、飲もう」

「え…飲もうって副長全然飲めないじゃないですか」

いつかの宴会の時を思い出し、咄嗟に突っ込みを入れる。

「いいんだよ、そんなのテキトーで」

どうやらもう既にいい気分になっているらしい。
私はグラスをはさんで横に腰を降ろした。

「ええいいですよ。いいんですけどね、副長覚えてます?この間酔っ払った時」

副長は眉を寄せた。私は、絶対副長は覚えてないという自信がある。

「あ、でも知らないままのほうがいいかも」

私は笑って言ってやった。
正直に告白する。私は土方副長をからかって遊ぶのが好きだ。

「何だ、言え。教えろ」

「でも…」

結構怖そうだし、頭はいいし、仕事もできる男。
なのに、からかうと最高に面白い。二枚目気取ってるくせに行動には突っ込みどころ満載で、もうここまでくると可愛い男だ。
それに気付いてからは、沖田さんじゃないが、密かに楽しませてもらってる。

「気になるだろうが」

酔いも手伝ってか、食いついてきた。

「…その、副長。この間、ウチの連中の行きつけの居酒屋で一人で飲んでて酔いつぶれちゃったじゃないですか。それは覚えてます?」

答えは沈黙、つまり否だ。私は話を続ける。

「親切な店長が屯所に連絡くれて、夜中だったからみんな寝てたので私が迎えに行ったんです。そしたら屯所までの道の途中で、私にしがみついてうわごとみたいに女性の名前繰り返してましたよ。しかも部屋に着いたら、何を勘違いしてたのか知らない女性の名前呼びながら私を畳に押し倒してくれて…」

「…忘れろ。忘れてくれ」

「忘れろって…そんなこといわれても。忘れられるはずないじゃないですか……その、あんなコトされて…私、私…」

思わせぶりに、しっかり間をためて私は言った。

「ちょ、ちょっと待て。あんなコトって…」

どうやらやりすぎたようだ。期待以上に乗ってきてしまった。
私は横をむいてじっと副長を見る。そして…にっこりと笑った。

「吐いたんです。目の前で、いきなり」

あからさまにほっとする副長。

「それは悪かった。まったく記憶にないが」

「そうでしょうね。ああ、こんな話ししたら酔いが醒めちゃいますね。ほら、飲みましょう。月が綺麗ですよ」

笑顔で言ったら、

「…いい性格してるな」

と副長がげっそりした。
何の事かはさっぱり分っからーないー。分からないったら分からないのだ。









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